日吉神社について

大野町と日吉神社

古来交易の大動脈であった日本海に面し、河口の港としての立地に恵まれた大野は、奈良時代の頃から港町として栄えて賑わっていました。地名の由来は、大きい山の裾(白山の裾)を意味しているといわれています。

大野町の経済は、耕地面積が少ない関係もあり、農業より港を使い漁業や海運業が盛んになりました。江戸後期初頭から明治期にかけては北前船の拠点として繁栄し、財を成した回船業の船主や船問屋の海商たちの居宅が軒を連ねました。今も大野の町並みに見られます。

大野港を拠点とする大野船団(おおのせんだん)は、北海道・東北・大阪・江戸へと活躍して財と文化を大野にもたらし、町の発展の基礎を築きました。

北前船の船主たちは、神仏への畏敬の念を込めて航海の安全を祈り、多数の鳥居・燈籠・狛犬の石造物を日吉神社に寄進をしています。

一方、大野町の主力経済の一つである醤油は、海運航路により、江戸初期には紀州湯浅から醤油造りの技術も伝わり、大野は5大産地の一つに数えられる醤油の町となりました。

大豆は東北、新潟地方から、小麦、塩は能登から北前船によって運ばれ、白山伏流水による良質な水に恵まれて醤油の製造業は全盛期には50軒を数えたが、現在では20軒程度にまで減っています。

醤油醸造業を営む先人たちからも神仏への畏敬の念を込めて神社への石造物の寄進も見られ、先人たちの信仰心は今も町の人々に受け継がれ、日吉神社は大野の人たちの心の拠りどころとなっています。

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